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OECD邦人職員インタビュー:深作喜一郎 OECD開発センター/地域デスク統括

(聞き手:藤田輔OECD日本政府代表部専門調査員)

Q.現在の業務内容を簡単に教えて下さい。

 OECD開発センター(注1)にて、アフリカ、ラテンアメリカ、アジアの3つのregional desk(RD)を統括しています。これら各RDでは、定期的に「エコノミック・アウトルック」を発刊しています。その中でも、特に、最近立ち上がって間もないアジアRDの強化に注力しています。アジアRDでは、東南アジアのみならず、黒海沿岸・中央アジア地域の開発にも取り組んでいます。
また、開発センターは、OECD加盟国のみならず、途上国が太宗を占める非加盟国も多く加盟していまして(注2)、現在も、カザフスタン、ウクライナ、フィリピンなどが同センターに加盟を希望しています。

 そういった国々からの要請に応じつつ、開発センターはどういう分野で貢献できるか等、議論することも重要な仕事です。そのような中で、世界は大変多様性に富んでいるため、ある分野にターゲットを絞って、その切り口でcross-countryで分析するようなプロジェクト(targeted policy supportという)を立ち上げることを考えています。例えば、今、OECD全体で熱心な取り組みが行われている「グリーン成長」(注3)は有力なテーマの一つであると思っています。開発センターは、約40~50%が任意拠出金で賄われて運営されているので、業務そのものを持続可能にするように、OECDの内外を見ながら、プロジェクトに取り組まなければなりません。

 さらに、人事管理も主要業務の一つです。具体的には、中長期的な視点で、若手の職員の中で、今後、同センターのマネージメントを任せられる人材を発掘するべく、そのような有力な人材にはインセンティブを与えるようにしています。このような取組みを行いつつ、いわゆるhuman resource developmentに関し、開発センター所長に随時助言をしています。

(注1)開発センターは、1961年5月にケネディ米大統領が同センターの構想を提案したのが発端となり、開発問題の調査を行う独立機関として、1962年にOECD内部に設立された。開発センターの目的は、①開発途上国の開発問題に関する調査・研究、②OECD非加盟国への開発問題に関するOECD加盟国の知識、経験の普及・活用、③OECD加盟国に対する、途上国のニーズに適応した有効な援助をするために必要な情報の提供、の3つとされている。

(注2)2011年2月現在、開発センターには、OECD加盟国の中の24か国及び非加盟国の15か国が参加している。OECDの他の部局に比べて、非加盟国がかなり多いという著しい特殊性を持つ。日本は、2000年の脱退以来、開発センターには参加していないものの、特定プロジェクト(東南アジア関係)への資金拠出を通じて、部分的に貢献している。

(注3)気候変動対策が急がれる一方で、持続可能な経済成長のあり方が世界的に模索されているのを受けて、OECDは2009年の閣僚理事会で「グリーン成長に関する宣言」を採択し、これらを統合した新しい成長を追求することとなった。そして、2011年5月までに、「グリーン成長戦略」を取りまとめるよう作業が行われている。

Q.OECDに入った契機を教えて下さい。

 英国の大学院で経済学を専攻した後、関税と貿易に関する一般協定(GATT)事務局に入り、7年間勤務しました。ただ、貿易交渉に携わることができた点では有意義でしたが、基本的には、GATTでは法律を専攻した方が多数を占めており、私のようなエコノミストが活躍できる場が限定されていることに気付き、それに対して不満を感じていました。そこで、経済開発の分野でもう少し活躍できる場が欲しいと思い、新たに職探しをしていたところ、「The Economist」(英経済雑誌)に開発センターのエコノミストの公募が出ていまして、それを見て応募し採用されたのが、OECDに入った契機です。これは1990年11月の話です。 

Q.これまで最も印象に残ったことは何ですか。

 一言で言えば、ソビエト連邦の崩壊(1991年)です。これには大変驚きました。パリで勤務している間、旧東欧諸国が大きな体制変換を余儀なくされたのを目の当たりにし、企業や家計がこれにどう対処していくか等、体制変換に伴う経済政策のあり方を開発センターでも深く考えさせられることが多々あり、これは大変難しい問題であるとも気付かされました。

 そういう点から、先ほども申し上げた黒海沿岸・中央アジア地域の開発は、このような体制変換を経験しているわけですから、個人的には大変関心を持っています。また、このことは、昨今、政変のあったエジプト・チュニジアの今後の経済政策を考える上でも、大きなインプリケーションを持つのではないかと考えています。

Q.現在、OECDには加盟していない中国・インド等の新興国が世界経済でのプレゼンスを向上させている中で、OECDがグローバル経済で果たすべき役割は何だと思いますか。

 OECDというのは、かつての東西冷戦構造の中で設立されて、西側諸国の市場経済体制の旗頭として存在していました。そこで、ソビエト連邦の崩壊があり、それ以降、OECDもいかに変わらなければならないかを模索してきたと思うのです。そういう点で、OECDでは、互いの国の政策をレビュー(ピア・レビュー)する等の取組みがありますが、このような手法をより多くの国々がもっと活用していくように普及していくことが重要となり、それにより、OECD自身のレレバンスが高まっていくのではないかと思います。

 そして、このプロセスで、OECDが関与強化の対象としている5か国(ブラジル、中国、インド、インドネシア、南アフリカ)の将来的な加盟を促進していくことが視野に入っても良いと考えています。また、開発センターには、他の部局とは異なり、多くのOECD非加盟国がコミットしているので、同センターをうまく活用していけば、世界各国にとってのOECDの付加価値も上昇するのではないかと思います。

Q.現在のお仕事でのご経験を踏まえて、「開発」のあり方についてのお考えをお聞かせ下さい。また、OECDが「開発」分野でどのような貢献をなし得るかについても、ご見解をお願いします。

 例えば、世界銀行は、開発途上国にお金を貸し付けて、それによって、各国の政策にインパクトを与えるのですが、OECDの場合は、各国政策のモニタリングが主たる役割となります。そこで、ドナー国の援助以外の政策(例:貿易、移民、農業政策等)が援助政策の目的達成を補完させるように、OECDは「開発のための政策一貫性」(以下、政策一貫性)というプロジェクトに取り組むことになり、現在に至っているのです。

 実は、政策一貫性は、今に始まった議論ではないのです。少なくとも、欧州では、1990年代中盤頃から議論されており、欧州連合(EU)統合の文脈でも、開発も皆で協調しましょうという条項もあります。米国でも、著名な経済学者が経済政策の一貫性に関する論文を出していたのです。私はこれらに大変触発され、政策一貫性に係る研究を始めました。以前は、政策一貫性は机上の空論に過ぎない等の批判を受けてきましたが、現在は、世界がより多極化していることもありますので、開発の文脈における政策一貫性は大変重要になってきています。ただ、それでも、世界各国もOECD自身も「縦割り型行政」になっている現実もあるので、政策一貫性を現実の政策に活かすのは難しいこともあります。いくつかの欧州の国などがこれを実践している例もありますが、これではインパクトが小さく、本来であれば、日本や米国のような大国が実践してくれれば、より効果的だと思うのですが。

Q.OECDで勤務する魅力は何ですか。

 まずは、OECDは「情報の宝庫」であり、これを十二分に活用できることです。私は、GATTに勤務した頃から、何か新しいことをやろうと思えば、常にOECDの情報を見ておりました。例えば、当時は、サービス貿易自由化が議論されておりましたが、実は、最先端の議論を進めていたのはOECDでした。

 そして、現在に至っては、OECDの内部に属しているので、いつでも簡単に、大変豊富なOECDの情報にアクセスできます。何か新しいことをやろうとするときには、OECDのリソースは大変役立つと思っています。これは、経済を専門にしている者にとっては、この上ない魅力です。

 また、OECDでは、自己責任の原則が徹底していると思います。自分でプロジェクトを立ち上げて、必要経費を集めて、それで良い成果が出れば、その人の業績になるので、大変インセンティブの高い仕事です。他方、良い結果が出なければ、何となく組織に生き残るというのは難しいと思われますので、厳しい一面もあります。ただ、少なくとも、私自身はこのような体制は魅力的であると思っています。

Q.グローバルな問題に取り組む若者やOECDを目指す若者にメッセージをお願いします。

 自分のcore competency、つまり、一芸に秀でるぐらいの専門性を高めることがOECDで働く上で最も重要な要素だと思います。幅広く何でも知っているというのはある意味では常識であり、そこから一歩進んで、自分自身の付加価値を高めていってもらいたいです。それから、どうやって専門性を身に付けるかについては、必ずしも筋道は一つではないと考えます。例えば、ヤング・プロフェッショナル・プログラム(YPP)でOECDに入った後、ある程度の期間で専門性を磨いて、一旦別の組織に行き、もう一度、OECDに戻ってくるという選択肢もあります。いろいろな組織を知っていることはものすごくプラスになると思いますから。

 また、OECDに拠出している各国政府の立場からしても、OECDの予算が本当に各国のために役に立っているのかが重要になってきます。加盟国にとっては、我々は、いわば「使われている身」なのですから、そういう意味でも、OECD職員は一芸に秀でる必要があるのです。

Q.今後挑戦していきたいことは何ですか。

 まず、先ほどの話にも関わるのですが、新たな自分のcore competencyを磨いていきたいと思っております。それは、今まで関心があった分野の中で、十分成し遂げられなかったことをもう一度トライするとか、全く新しいテーマをトライするとか、いろいろありますが、現在は、やはり「グリーン成長」には大変興味を持っており、私は環境問題の専門ではないので、勉強しております。

 また、実は、毎年、夏の1週間のみ、慶應義塾大学経済学部のProfessional Career Programme(PCP)で、英語で開発経済学を講義しております。これは、原則として大学3年生を対象としていますが、私のクラスには、大学院生も留学生も受け入れており、20~25人で議論を深めております。これも、新しいフィールドであるという点で、私にとって大変良い経験になっています。

 そして、私のルーツはやはり日本なので、これから日本はどうなるのかということについて、強く関心を抱いております。日本のために何ができるか、どうしたら日本が良くなるかを常に考えているのですが、これらは、なかなか答は出ませんね。 

Q.日本人が国際機関において発揮しうる潜在力は何だと思いますか。

 韓国人もそうなのですが、日本人には、OECDとの関係で言えば、やはり距離と言語のハンディキャップは避けられないと思います。ただ、その中で、プロとして認められるのが求められるのも事実です。そう考えると、例えば、仕事上のきめ細やかさ、根回し上手であるところ、人間的な信頼性の高さなどは、そういうハンディキャップを埋めてくれる以上に、日本人が十分発揮できるものではないかと思われます。特に、国際機関では、根回しをしないと仕事が進まないので、根回しはとても大事です。

Q.パリ生活の魅力は何ですか。

 もう20年間のOECD勤務になるのですが、これだけ長く滞在した理由の一つとして、フランスが好きだからというのも挙げられます。例えば、パリでは都会的な生活を味わいながらも、少し離れれば田舎の雰囲気も愉しむこともできます。また、休暇を1週間取得して、簡単にスキーに行くこともでき、子どもにも満足ですし、フランス人は日本人に対して温かい民族だと思っておりますので、私はそんなフランスが好きなのです。