OECD邦人職員インタビュー:貞森恵祐 国際エネルギー機関(IEA)エネルギー市場・安全保障局長
2015年4月

質問1. 現在どのようなお仕事をされていますか。
国際エネルギー機関(IEA)のエネルギー市場安全保障局は、IEAの中心的業務である「石油の安全保障」に対応する部門です。世界のエネルギー安全保障の仕組みとして、IEA各国は90日分の石油を備蓄して、エネルギー供給に支障が生じた際には協調して対応する仕組みを備えており、この日頃の管理運営を行っています。具体的には、各国の備蓄状況の管理、実際に緊急事態が起こった時に本当に連携がうまくいくのかの検証、また、絶えず構造的な問題が起こりますのでそれらに対応しますし、実際に緊急事態が起こった時には、この仕組みを発動して調整する責任を担うことになります。また、こういった石油供給の支障に備えるために、日頃から世界の石油市場がどうなっているかについて監視や分析をしておくことが重要ですので、「オイル・マーケット・レポート」を毎月発出し国際的に情報発信しています。
私の局は、従来は、「石油」の市場監視と緊急時対応でしたが、数年前の組織変更によって、石油だけでなくガス、石炭、電力、再生可能エネルギーの担当が加わり、エネルギー市場を総体として扱っています。これらのエネルギーに関する短期の市場予測分析や、電力システムの急速な変化と再生可能エネルギーのシェアの高まりの中で電力システムを安定的に運営するシステム設計のあり方についても取組んでいます。

質問2. IEAでのご勤務の中で最も印象に残っている仕事は何ですか。
ある仕事だけが印象に残っているということは無いのですが、あえていえば、昨年の春頃からのロシア・ウクライナ問題を契機とした緊急事態への対応です。
ヨーロッパのガスセキュリテイをめぐって情勢が緊迫した際には、加盟国から、ロシアとヨーロッパの間のパイプラインを中心としたガスや石油の供給がどうなっているのか、実際にどれ位がウクライナルートで供給され他のルートはどの程度なのか、仮にウクライナルートが止まった場合にはどうなるのかなどについて、問合わせがひっきりなしに来る状況になりました。こういったあらゆる質問に対し、正確な分析を分かりやすくタイムリーに提供することが求められました。
その後急遽開催されることになったG7エネルギー大臣会合にどう対応するか、これも、短期間の集中的な仕事でもあり、今思い返しても相当大変なものでした。本来、どの国の出身かでパフォーマンスに差が出るということはないはずですが、やはり、G7主要国である日本の出身であるという自分の立場は非常に重要だったと思います。残念ながら、国際機関であるIEAにG7関連情報が来るのは最後になるものです。日本、アメリカ、また主催国のイタリアを中心に各国と絶えず直接連絡を取って、情報を常に把握していないと全く対応できない状況がありました。自分自身がG7主要国との連絡役となり、またIEAがG7や欧州委員会(EC)に対してどういう貢献ができるのか熟考しました。
結果的には、IEAには、各国のガスセキュリテイを高めるためのオプションに関する報告書を作成して、エネルギー大臣会合に提出することが求められました。これには、石油やガスのみならず、エネルギー安全保障全体についての広範な分析作業が必要となるので大変なものでした。当時直面した課題はガスセキュリテイでしたが、エネルギー安全保障は、ガスだけの問題に留まらない広範な課題です。ガスは主要な発電燃料であり、電力供給のセキュリティを考えるには、再生可能エネルギーの役割、石炭とガスとの関係を含め、電力システム全体を考える必要があり、また、省エネルギー、特にガスに対する暖房需要を減らすための住宅・ビル分野における省エネルギーも重要な論点です。このため、局全体を動員して取り組むことが必要となりました。
質問3. IEAの幹部として勤務される上で、難しい点や気を遣っておられる点は何ですか。
(変化に対応できる専門性)
IEAでは石油だけでなく、ガス、石炭、電力、再生可能エネルギーのすべてをフォローすることが求められます。これらの燃料種が競合しあったり関連しあったり、構造がもの凄いスピードで変化しています。再生可能エネルギーは、従来は、未来の技術として政策的に支援する対象と位置づけられていましたが、今やそのような状況ではなく、太陽光発電や風力発電も、他のエネルギーと競争する存在になっています。象徴的だったのは、先日のドバイでの太陽光発電の入札で1kw/hあたり約6円で落札されました。単純比較はできませんが、これはどの燃料よりも太陽光発電が安い状況が実現したということです。個別のエネルギー分野の展開をフォローするだけでも大変ですが、これらの専門家である課長クラスの上に立って局長として方向性を示すことが求められる訳ですから、面白くもありしんどくもあります。非常に難しいこともありますが、やり甲斐のあるポジションにいると思います。
(組織管理と情報発信とのバランス)
国際機関でマネジメント職に従事する人は皆同じだと思うのですが、気を遣う点は、国際会議などに出張して外で情報発信する役割と、オフィスの中で組織を管理する役割との間で、どうバランスを取るかです。組織の内部管理は大変重要ですが、出張が多くなるとどうしてもおろそかになりがちです。だからといってオフィスにこもっていては情報発信ができず、国際機関としてIEAに求められている役割が果たせなくなります。関係者と直接に意見交換して情報を得ていかないと国際的な流れから外れてしまいかねません。結局、現実は、出張して、昼間は情報発信しつつ、時差で眠れない時間帯にメールで内部管理の作業をするという状態になります。
(幅広いイシューへの対応)
昨年4月から、IEA事務次長が空席となり、3人の局長で空席次長の仕事を臨時に分担しています。私は、非加盟国との関係業務を統括することになりました。理論的には約1.3倍の仕事増のはずですが、自分にとっては新しい分野でもあり、特に当初は、ロシア・ウクライナ問題の影響もあって、仕事が2倍以上に増えた感じがしました。
ただ、これも振り返って考えると、自分の普段の業務知識を活かすことができる場でもありました。非加盟国との関係で議論すべき政策の論点は自分が普段所掌しているエネルギー市場及びセキュリティの分野であり、理想的には縦横に相乗効果を出すことが可能となります。自分のところで一元的に扱うことによって、これまで出来なかった調整が可能になるメリットもありました。勤務時間の犠牲のもとにではありましたが、良い成果を得ることができました。

質問4. どのような経験が今の仕事に役に立っていますか。
ひとつは国際交渉の経験です。IEAに来る前は経済産業省に勤務しており、通商交渉とかエネルギー分野の国際交渉を多く担当してきました。経済産業省の本省から国際会議に参加する以外にも、在米日本大使館の経済班に出向して米政府との交渉を担当したり、防衛庁(当時)装備局に出向して日米装備技術協力の枠組合意をめぐる交渉に携わったりするなど、異なる立場から多様な国際交渉の経験を積んできたことが今の仕事の基礎になっています。
もうひとつは、幅広い分野を取りまとめる経験です。経済企画庁(現在の内閣府)調整局調整課の総括補佐として、政府全体の経済政策の取りまとめを担当したり、内閣官房の副長官補室(各省庁から参事官級が出向して政府内の総合調整を行う部門)で省庁の垣根を越えて政府全体の調整に携わる経験をしました。こういった取りまとめの経験も、今の仕事に役に立っています。
また、2011年の東日本大震災と福島原子力発電所事故が勃発した当時の総理秘書官としての経験も今振り返ると貴重なものだったと思います。
質問5. 日本政府から国際機関に移籍されて、社会に対する見方は異なりますか。
今はエネルギーに関する情報に多く接していますので、国際問題をエネルギーという視点から深く掘り下げて見るようになりました。例えば、今の米とロシア、ヨーロッパとロシアの関係などです。経済産業省にいた頃は、経済や通商政策全般を広く横断的に見ていましたので、今の立場でも、深くそして広い視野で社会を見るよう気を付けています。
また、政府の立場を離れることによって、日本について、より客観的・批判的に見ることができる面はあります。IEAでは、国際機関として中立的・分析的な視点が求められます。
また、職場のスタッフが様々な文化や思想の国から集まっていることもあり、人によって考え方の違いが大きいことに気づかされます。例えば、現在の欧州地域の関心事項であるロシアやギリシャの問題についても、欧州出身者の中にも多様な感覚や物の見方があることに気づかされて興味深いです。
質問6. 日本のエネルギー政策をどう見ておられますか。
日本政府は、現在の固定価格買取制度(注:再生可能エネルギーを国が定める固定価格で電気事業者に調達を義務付ける制度)が持続可能でないことを認識し、見直しに取り組んでいますので、それに期待しています。IEAに勤務するようになり、他の国の再生エネルギー政策を見ることを通して、改めて、日本の政策が持続可能ではあり得ないことに危機感を有してきました。この点について、出張や帰省の際に関係者と話して、改革の必要性を発信しています。
また同様に、現在急速に進んでいる電力制度の見直しについても、IEAの専門家と日本の専門家の間とのコミュニケーションを促進することで、日本の制度の検討に役立つように心がけています。
質問7. 国際機関の幹部の仕事と、日本政府の幹部の仕事とでは、どのように異なりますか。
日本政府は、組織としてきっちり仕事をする仕組みや文化があります。仕事の進め方は、上の人が細かい指示をしなくても、ある程度の成果物が適切なタイミングで出されるのが当然で、しかも関係部署との水平的な協議を済ませてコンセンサスが取れたものが上がってきます。しかもそれが暗黙の了解のうちになされます。この点は、国際機関では全く違います。
上司にあたる人物が、明確な方向性を決定し、相当細かく仕事のスペックを指示しないと物事は動かない、これが現実です。いい加減な指示を出すと部下からは、何が必要なのか成果物の詳細のイメージについて激しく聞いてきます。その時に、自分がどのような見通しで何を必要としているかを明確に説明できないと誰も応えてくれない、そういう世界です。一方、そこで自分が戦略を明らかにできれば、場合によっては自分が要求していた以上の成果が部下から上がってきて驚くこともあります。自分自身は、日本的な気が利くタイプではないし、あうんの呼吸も実はあまり得意ではない人間だと思うので、方向性を定めて率直に議論する今の環境は、分かりやすいですし、むしろ向いていると思っています。
もう一つの大きな違いは、官房的な側面も自ら調整する必要がある点です。日本の役所であれば、予算や人事は、官房局や局内総務課といった管理業務を行う部局が本業としてやってくれますが、国際機関少なくともIEAではその機能は弱いものです。予算や人事を、それぞれの部署に任せておけば良いと思っていては駄目で、かなり督促して明示的にスケジュールを与えて依頼しないと動きません。ある意味では当たり前なのですが、日本政府の組織から来ると、この点は最初相当戸惑うかも知れません。

質問8. IEAなどの国際機関を目指す人にメッセージをお願いします。
他の国際機関も同様だと思いますが、IEAも組織の中で人材を育てていくという仕組みは基本的にありません。200名余りのIEAの職員の任期は短く、原則3年、延長により5年です。ポストに人材を採用する際には、その仕事を全うできる能力が備わっていることが前提になります。IEAの職員は、政府、学術界、産業界などから来ており、IEAでの任期が終了すると、またその立場に戻ったり、新たな仕事に移ったりしています。このように、国際的な専門人材が様々な立場を循環し、IEAの人的ネットワークが世界中に拡張していくことを非常に重視しています。同じ人がずっとIEAにいるよりも、新しい人材が異なる知見を持って集まることでIEAのパフォーマンスを高められると考えます。そして、ぜひこの循環の中に、日本のエネルギー分野を志す人に入って欲しいと思います。日本人であっても、そのポストに求められる知識を有していて、コミュニケーションの道具としての英語を使いこなせれば十分に勤務できますし、専門性の観点からもダイナミズムの観点からも素晴らしい職場だと思います。
私自身、若い頃に漠然と国際機関で働いてみたいとは思っていましたが、実現したのは50歳をすぎてからです。若い頃に、国際機関での経験できるに越したことはありません。思い切ってチャレンジして欲しいと思います。
国際機関でも日本の組織でも仕事の基本は変わりません。どのような職業であっても、組織内外で関係する人と、調整を図りながら案件を実施管理していく、そういった能力やスキルを身につけた人であれば、IEAでも十分に通用すると思います。
あえて期待を言わせてもらえるなら、日本政府には、若い人が国際機関にチャレンジするのを応援するように努めて欲しいと思います。各省庁とも、人繰りなど難しい問題が多いとは十分承知していますが。国際機関での勤務を実現させられる柔軟な人事方針を期待します。