OECD日本政府代表部職員の声: 伊藤洋平書記官

平成29年1月28日

OECDを日本の社会保障政策に活用する

OECD日本政府代表部一等書記官 伊藤洋平


Mr Ito Yohéi

  私は厚生労働省からOECD日本政府代表部に出向していて、OECDの幅広い分野のうち医療や年金等の社会保障政策を担当しています。

  私たち代表部員の仕事は「高齢化等の課題先進国とも言われる日本の制度や政策をOECDを通して紹介し、国際的な政策議論に貢献するとともに、OECDの取組や研究成果を日本の政策立案に活かすための橋渡し」です。


  「世界最大のシンクタンク」であるOECDの特徴は、(1)経済の発展段階や生活水準が大体似たような国同士であらゆる事象をデータ化して比較すること、(2)経済社会関係の政策分野を網羅的にカバーしていて、分野横断的な分析に比較優位があることではないかと思います。今回はこの2つの特徴に沿って、社会保障分野におけるOECDの活用についてご紹介します。

先進国間の国際比較データの整備

  社会保障政策はどの国でも基本的に国内政策で、各国民が自国の現状や歴史・文化を踏まえ民主的な政治プロセスを通して在り方を選択すべきものですので、「低(高)負担・低(高)福祉」「社会保険/税方式」など議論は様々ありますが、「理論上最適な制度」みたいなものはないですし、近隣の国と制度を揃える必然性もありません。実際にEU加盟国の中であっても、まだまだ多様な政策・制度が併存しています。


  しかしながらその一方で、各国の社会保障政策が現在直面している高齢化、グローバル化、低成長、財政悪化、失業、格差等の諸課題はかなりの程度共通していて、各国がそれらの厳しい制約条件下でのバランスを懸命に模索する際には、やはり「他の先進国と比べて自国はどうなのか」が気になりますし、むしろ課題を同じくする国との比較なくして「ちょうどいいバランス」の実現は難しいのではないでしょうか。他国の取組や経験から真摯に学べることもたくさんあります。


  ところが「国際比較」はそれ程簡単ではありません。そもそも社会保障制度の設計は各国で様々ですし、例えば日本の「国民医療費」は公的医療保険費用のことですが、国民皆保険が未達成のアメリカのような国と公的制度の医療費だけを比較しても正しい比較にはならないでしょう。だからこそ、各国制度の多様性を十分に踏まえた上で出来るだけ客観的な国際比較データを作るには、OECDの事務局による緻密な基準作りと加盟各国による協力という地道な積み重ねが必要です。


  各国の政策上のニーズを反映して、OECDデータは進化を続けています。日本でも医療費、医師数、病床数等の国際比較はよく参照されますが、近年OECDではさらに進んで「医療・介護・保育の質やアウトカム(成果)を国際比較するための指標作り」「一国の全国平均値だけでなく各国内の地域的ばらつきのデータ化」「貧困・格差を把握する際の資産や現物サービスの考慮」などに取り組んでいます。


  OECDの国際比較データを国内の政策立案にどう活かすかは、一義的には各国政府の仕事ですが、OECDとしても主に政策の国際比較や他国の好事例の観点から、個別の国に向けて政策提言を行っています。2014年11月にはOECDによる日本の「医療の質レビュー」の公表イベントが東京で開催され、「どのような政策・制度が医療の質の向上につながるか」という切り口で、医療の質の管理の仕組み、プライマリーケア、病院医療、精神医療の大きく4つのテーマに分けて「評価と提言」が発表されました。


Ms. Colombo, Head of the Health Division, OECD


医療の質レビュー公表イベントでのコロンボOECD医療課長

分野横断的な分析

  現在の日本のように、国の予算や経済に占める社会保障の割合がこれだけ大きくなると、社会保障制度だけを見て社会保障を論ずることはもはや不可能であって、経済の諸分野との相互関係の分析に基づくことが欠かせません。また、「各省庁の縦割りを排してオールジャパンで、かつグローバルな視点で考える」ことの重要性は言われて久しいですが、他方で、現実の複雑な政策課題に取り組む時にこのような考え方を実践することは、技術的な意味でも簡単なことではありません。


  そういう中で近年のOECDは分野横断的な分析を非常に重視しており、グリア事務総長のイニシアティブの下、数多くのプロジェクトが進められています。これに対してOECD日本政府代表部でも、様々な省庁からの出向者で構成されている利点を最大限に活かして、まさにオールジャパンによる対応や議論を日々心掛けています。


  社会保障分野に関係する分野横断プロジェクトに「包摂的成長(Inclusive Growth)」があります。「包摂性」は現在のOECDにおけるキーワードの一つとして、2008年の経済危機後にどの国も直面している経済成長率の低下、雇用情勢の悪化、格差の拡大といった共通の課題に対しての経済社会政策の基本コンセプトに位置付けられています。経済成長は引き続き重要であるものの、経済全体(つまり一国の平均値)の成長だけでは、低中所得層を含む各個人の福祉(well-being)の持続的向上には十分ではなく、成長の果実の分配が必要であることや、人々の幸福度は所得や資産等の金銭的要素に加えて、健康・雇用・教育・環境等の非金銭的要素によって決まることなどが提唱されています。


  また、同様の文脈で「所得格差と経済成長の関係」にも焦点が当たっています。これまではトレードオフの関係であるとして、「所得格差を是正するための再分配政策は経済成長を阻害する」と言われることがありましたが、過去20年間のデータに基づくOECDによる新しい分析はそうした見方を否定し、むしろ「所得格差の拡大が経済成長率を低下させる」「格差が拡大すると低所得世帯の教育の機会が損なわれ、社会的流動性が低下する」としています。


  このようなOECDの研究成果を日本に紹介するとともに、アベノミクスをはじめとする日本の政策やその成果についてもOECDを通して国際社会に発信していきたいと思います。


with the colleagues of his department


代表部の同僚と