OECD日本政府代表部職員の声:入江晃史書記官

平成29年1月28日

OECDにおける交渉の一事例

OECD日本政府代表部一等書記官 入江晃史


Mr Irié

   私は総務省からOECD日本政府代表部に出向しており、OECDの活動のうち、デジタル経済政策分野、公共ガバナンス分野、規制政策分野の3分野を担当しています。本稿では、私の1日をご紹介しながら、OECD日本政府代表部の仕事の一つの形をご紹介できればと思います。

1 某日朝、A国のOECD代表部へ

   A国のOECD代表部から、翌日に予定されている公共ガバナンス分野のOECD会合について、非公式に打合せをするので来ないかという誘いのメールが来た。私が所掌する分野のうち、公共ガバナンス分野は、公務員の収賄防止といった公務員倫理から、デジタル政府の推進、政府中枢の調整機能を如何に高めるか、国民の政府への信頼を如何に回復するか等々、テーマは幅広く、しかも、各トピックは相互に密接に関連する。このような場合、事前の加盟国との意見交換を頻繁に行い、各国の考え方、動向・本音を聞いておくことは、対処方針を磨いたりする上で極めて有益である。すぐに承諾の返信をした。


   某日早朝、A国代表部は自宅から徒歩10分の距離なので、そのまま直行した。パリにはオスマン知事時代の古い建物がそのまま残っており、内部だけリノベーションを行っているという場合が多い。A国代表部もその例に漏れず、この建物がA国の「OECD代表部」であるということは事前に住所を知っていないとわからない。何とか迷わず建物を見つけ、内部へ。日頃からよく話す参事官の暖かい出迎えを受ける。

2 A国代表部での非公式打合せ

   A国代表部に個別に誘われた、他の国の代表部に勤務するカウンターパートたちが会議室に集まってくる。A国以外に4ヶ国。34ヶ国のOECD加盟国の中でも、この分野では「物言う」加盟国が集まった。A国参事官の仕切りのもと、明日の会合の議題ごとに議論が始まった。


   まずは、年内に予定されている「OECD閣僚級会合」(筆者注:基本的には各国の大臣が参加する会合。数年に1回開催される。)の議論を行った。特に、閣僚のために配布される文書の扱いについて議論が行われる。文章が冗長であり、また内容にも重複があるので、文書を整理した方が良いという意見で一致した。


   OECDというと、「仲良しクラブ」であり、意見の「対立」などはないのでは?というイメージをお持ちの方もいるかもしれない。しかし実際は、OECD事務局と加盟国、加盟国同士で意見が分かれるということはままある。次の議題はまさにそのような事案だった。OECDが提案している、某プロジェクトについて議論が行われたとき、まずB国が強硬に同プロジェクトに反対する姿勢を継続して表明した。C国もB国ほど強硬ではないが、やはりこのプロジェクトは特定国だけに利益があり、自国には何も利益をもたらさないから反対だという。この会合を主催したA国は、部分的には反対という立場で、数か月前に議論したときよりもやや柔らかくなっている。反対の程度はあれ、コンセンサスが基本のOECDからすると、未だかなりの懸念が同プロジェクトにはあることを再確認した。最後に日本の番。私は、従来の対処方針通り、「C国の意見に近い。また、このプロジェクトの政策的意義についてしっかりと議論することが重要。」と述べた。個人的には、OECDのプロジェクトを進める際にはそのプロジェクトの政策的意義を追求・確認することが特に重要であると考えている。OECDにはエコノミストや統計学の専門家が集まっており、経済・政策分析を得意とするが、政策的意義をきちんとロジカルに説明できない分析は、政策策定者にとってあまり意味がないからだ。


   このように、非公式打合せは白熱し、予定時間を大幅に超過し、昼過ぎまで続いた。早速自分のオフィスに戻って明日の発言内容を準備した。


Mr Irié


OECD E-Leaders 東京会合にて

3 OECD本会合

   翌日、いよいよ本会合。会議場のあるOECD本部は、パリ16区の緑豊かなラヌラグ公園に接する美しいエリアに位置する。陽光と緑のコントラストをしばし楽しみながら、会議場に急いだ。会合では議題ごとに、OECD事務局から事案の紹介があった後、議長が加盟国の意見を募る。昨日参加していた国は、自国のネームプレートを縦にして(筆者注:こうすると議長が指名してくれる)発言を求め、順々に理路整然と主張を述べていった。私も各議題で「○○国を支持(echo)する、なぜなら。。。」と発言を行った。発言時は、わかりやすいシンプルな英語を使うことを心がける。この方が相手に伝わりやすいからだ。また、これまでの議論を踏まえているということがわかるような発言をすることを心がけた。OECDの議論は加盟国34ヶ国による議論なので、同じ内容でも言い方一つで伝わり方が異なってくる。


   会合がようやく終わった。一人で朝から10時間くらい会議室に座っていたので若干の疲労は感じたが、充実した会合だった。会合後、加盟国や事務局と話をすると、今日は賛成・反対の意見はあったけれど、建設的な議論ができて良かったと言っていた。私も同様の感想だ。次の会合は数日後に予定されている。次に繋がる議論の積み重ねがOECDの付加価値を増していく。早速、次の会合の準備に取りかかる。


   以上、具体的な1日を紹介させていただきましたが、OECD日本政府代表部に出向して2年超、このような刺激的な毎日を過ごしています。各国と共に建設的な議論ができ、また、ダイナミックなマルチ会合の醍醐味が味わえる理想的な職場、それが、OECD日本政府代表部だと思います。