OECD邦人職員の声:北森久美 OECD環境局参事官

平成29年3月10日

(聞き手:藤田輔 OECD日本政府代表部専門調査員)
インタビュ‐実施日/2011年12月1日

質問1. 現在の業務内容を簡単に教えてください。

 現在は,OECD環境局の局長室で,参事官として勤務しています。環境局には100人を超えるスタッフがおり,様々なトピックを扱う部署に分かれています。 そこで,環境に関する分野横断的なプロジェクトを進める際には,そのコーディネーションをしたり,場合によっては,環境局以外のOECD部局との間でも,それを行ったりすることもあります。


 このような仕事を通じて,環境局長をサポートしています。 


 最近は,これ以外に,OECD環境局の中でも大きな分野横断的プロジェクトである「環境アウトルック2050」(詳しくは後述)の策定に向けた作業に注力しています。

質問2. OECDに入った契機を教えてください。

 OECDにヤング・プロフェッショナル・プログラム(YPP)で入ったのが2000年でしたので,もうすぐ12年経ちますが,環境問題に関しては,かなり以前から関心を持っていました。私は,英国のLondon School of Economics(LSE)の大学院で開発経済学を専攻していた経緯がありまして,開発系の仕事が自分のキャリアだと思い,大学院修了後は,国連開発計画(UNDP)でインターンをしました。その中で,アジア諸国の環境政策に関する活動に携わった中でも,今後,環境問題がとても重要だと実感しました。 そして,UNDPでのインターンの後に,1994年より,世界銀行(以下,世銀)で環境エコノミストとして働く機会に恵まれました。そこでは,南アジア諸国(インド,パキスタン,バングラデシュ,インドネシア,スリランカ)における環境プロジェクト(都市環境,上下水道,ゴミ処理,スラム等)に携わったほか,世銀のあらゆるインフラ投資案件の環境アセスメントも担当していました。 


 ただ,OECDと異なり,世銀では同じ部署に長く勤務するという慣習がなく,ある程度の年数が経ったら,自分の資質やスキルに見合った他のポストを探した上で,また別の部署へ転身し,さらなるキャリアアップを図ることが期待されています。そこで,世銀の他の部署も探しながら,たまたまOECDのYPPに応募したところ,運良く採用されて,現在に至っている訳です。確かにYPPは狭き門とは言われますが,自分としては,すでに7年ほどのアジア諸国における環境分野での現場経験があったので,OECDはそれを評価してくれたのではないかと思っています。

質問3. これまでも最も印象に残った仕事・案件は何ですか。

 最も面白い案件は「環境アウトルック2050」のプロジェクトです。OECDの場合,一つの部署が一つの委員会を担当するという,いわゆる「縦割り型」な体質が見られることも少なくないのですが,このアウトルックは,(1)気候変動,(2)生物多様性,(3)水問題,(4)環境汚染が健康に与える影響,という4つの異なるトピックを網羅しており,とても分野横断的です。


 そのため,様々なバックグラウンドを持つスタッフと仕事ができるので,本当に楽しいのです。 この「環境アウトルック2050」では,15人程度のスタッフによって,今後約40年後における世界の環境はどのような状況になっているのかに関するモデリングを行います。


 ただ,OECDは経済予測モデルには長けているのですが,より科学的な要素を必要とする環境予測モデルについては,キャパシティがありません。


 そこで,気候変動に関する政府間パネル(IPCC)においても,様々なモデル構築で実績を有するオランダ環境評価庁と手を組んで,両者を体系的に統合させて,独自のモデルを作っております。これによって,例えば,2050年における世界のGDP見通しが把握できるとともに,農業,製造業等のセクター別で,温室効果ガスの排出量や環境汚染の状況など,詳細な部分に至るまで,将来を見通すことも可能になります。  

質問4. 「環境アウトルック2050」 のほかに、環境問題で関心のある分野はありますか?

 都市環境に興味あります。アジア諸国を中心として,世界人口はどんどん増える一方で,国連の試算によれば,現在の世界人口は約70億人と言われておりますが,2050年までには90億人以上に達するとされております。実は,この増加見通しのほとんどは,都市部に起因しているのです。このように増加を続ける人口に対応するべく,上下水道整備やスラム改善など,それに見合うインフラをいかに構築し,より良い都市環境を目指していくかについて,大変関心を持っています。


 また,上下水道インフラは,OECD加盟国においても,実は,今後大きな課題になってくると考えます。現在のOECD加盟国を見ると,景気も良くなく,公的予算にも限りがあるという苦しい現状に陥っている場合が多いのですが,他方,パリ,ロンドン,ニューヨークなど,世界の主要大都市の上下水道インフラが100年以上のものであるということも少なくないので,今後,これを更新・維持していくとなると,結構な金額を要することになり,なかなか大変なのではないかと思っています。

質問5. OECDで勤務する魅力やOECDの強みは何であると思いますか。また、反対に、難しさや課題はどんなところにありますか。

 まず,OECDには優秀な経済専門家が多くおりますので,そういった人たちと一緒に仕事ができるのが最大の魅力です。それから,OECDのあらゆる会議に出席していると,OECD加盟国間の議論や発言を通じて,各国政策の現状を把握することができますが,このようなやり取りを受けて,OECDが取り組むべきテーマ,つまり世界にとってpolicy-relevantなテーマを決め,政策分析を行いつつ,あらゆる成果を出していくことになります。OECDはあくまで加盟国主導の国際機関ですから,このようなプロセスになる訳ですが,これは,民間シンクタンクやアカデミアにはないOECDの大きな付加価値だと思います。


 それから,これまでの経験も踏まえれば,例えば,世銀の場合は,途上国のインフラ案件に対する融資を供与するのが基本ですが,それ故,政策アドバイスがその融資実行に見合うことが条件とされることがあります。 OECDの場合,開発金融機関ではなく,このようなことはあり得ませんので,政策アドバイスが中立的であると評価される場合が多く,これもOECDの強みなのではないかと思います。実は,世銀でも,1990年代には,ただ融資を行うだけではなく,政策アドバイスの実施を主体にできる「Knowledge Bank」に生まれ変わらなければならないと言われた時代もありましたが,OECDの場合は,かねてより,加盟国間のベスト・プラクティスの共有を基本としながら,十分「Knowledge Bank」的な役割を果たしてきているのではないでしょうか。


 一方,OECD加盟国は34カ国(2011年12月現在)のみで,国連に比べると,加盟国はかなり限られているのですが,それでも,会議の中で,あるテーマについて,加盟国間で意見が対立することがしばしばあり,OECD事務局としては,それをどう調整し,どのような結論に持っていくかが課題となっています。このような場合,時として,どの加盟国も納得できるように,本来目指すべき結論をトーンダウンさせて,最終的には,妥協的な内容にせざるを得ないことがあります。これは,環境局のみならず,どのOECDの部局でも同じですが,学ぶべきことは大変多いと思います。

質問6. OECDは「グリ-ン成長戦略」 を掲げ、加盟国が長期的に持続可能に経済成長を果たすべく政策提言等を行っていますが、OECDに加盟していない中国、インド等の新興大国にとっても、このような政策が必要だと思われます。このような観点から、OECDは非加盟国の新興大国等に対して、どのように当該取り組みに関する働きかけを行うつもりでしょうか。

 今年5月に発出された「グリーン成長戦略」に関しては,これは一般的な枠組みですので,今後は,OECD非加盟国も含めて,これを各国の現状に合わせていかなければなりません。そこで,OECDは,環境政策以外にも,例えば,非加盟国に対するマクロ経済,投資,イノベーション等の政策レビューを実施しているので,そのようなレビューの中にグリーン成長に関わるトピックを取り入れていくというアプローチがあります。 


 最近,OECD経済開発検討委員会(EDRC)で実施された中国経済審査では,グリーン成長のトピックが取り上げられました。また,インドやインドネシアに対する経済審査でも,化石燃料補助金に関する政策分析が行われ,その中では,例えば,補助金の中には,公的財政や市場競争にマイナスに作用し,環境にも悪影響を及ぼすものもあるので,そのための改革をどのように行うか等の提言が含まれました。さらに,化石燃料補助金については,新興国もメンバーであるG20の枠組みでも,OECDが,世銀,国際エネルギー機関(IEA),石油輸出国機構(OPEC)とともに知的貢献を図ったこともあり,これはグリーン成長のトピックの中でも,とても重要だと思います。


 また,2012年6月に国連持続可能な開発会議(リオ+20)が開催されますが,ここで,「環境アウトルック2050」とともに,OECDは「開発途上国のためのグリーン成長戦略」というレポートを出す予定です。つまり,何も政策を変えずにこのままの状態で,各国がビジネスを行ったら,環境が大変悪い状況になる恐れがあると警鐘を鳴らしつつ,これを防ぐには,「グリーン成長戦略」を実施していくべきであるという認識の下で,両者をペアで捉えていこうとするものです。 


 実は,国連環境計画(UNEP)も「グリーン経済」という,レポートを出しているのですが,UNEPは「経済」としているのに対して,OECDは「成長」としている違いが示唆的です。OECDとしては,多くの新興国や途上国においては,「グリーンの前にまず成長」という切実な思いがあると理解しているので,「成長」を前面に押し出した方が,これらの国々に受け入れられ易いという見解です。

質問7. 今までの仕事の中で苦労したことは何でしょうか。

 過去数年間を振り返ると,OECD閣僚理事会(MCM)の運営上のコーディネートをしなければならないことがあった際,議長国・副議長国の間で政治的にセンシティブな論争が起きてしまい,その対応にかなり苦慮した経験はありますが,全般的には,OECDでの経験はポジティブであったと振り返っています。


 職場の人間関係を見ても,スタッフ間では和気あいあいとした雰囲気です。確かに,OECDでは,多国籍で様々なバックグラウンドを持つ人々がおりますが,むしろ,このような環境で働かなければならないことを十分理解した人々がOECDに入ってきていると思うので,結果として,ある程度は類似したキャラクターで,相互に理解し合える人々が集まるのではないでしょうか。

質問8. 日本人が国際機関において発揮しうる潜在力は何だと思いますか。また女性としての強みや難しさもあれば、併せてお願いします。

 一般論になるかもしれませんが,日本人はやはり勤勉だとも思いますね。また,最後まで丁寧に作業する姿勢もよく見られるので,それらは国際機関の中でもプラスに作用するのではないでしょうか。それから,OECDでは,様々なバックグラウンドを持つ人々と仕事することになりますので,根回しが上手であり,人間関係や協調性を重んじるところも,ポジティブな面ではないかと思っています。


 女性であるからと言って,特にプラスになったりマイナスになったりしたことはあまりありませんでした。実は近年,OECDでは人事面での多様性重視という方針に沿って,女性をより多く雇うようになってきており,採用プロセスにおけるショートリストでも,候補者に必ず女性を入れるようにしていますが,それでもやはり,最終的には,国籍や性別に関わらず,候補者個人の持つ資質やスキルによって採用が決まるのがOECDの基本です。他の国際機関では,国籍や性別によって採用枠が設けられている場合があると承知していますが,その場合,仮にある候補者が採用されたとしても,実力本位で評価されていないのではないかという不満が出てくる恐れもあります。OECDの場合は,そのようなことはなく,客観的に自分を見てくれると思います。

質問9. OECD等の国際機関を目指す若者にメッセ-ジをお願いします。

 OECDを目指すのに一番大切なのは,自分の確固たる専門知識を持ち,それを磨くことだと思います。語学力と言う人もいますが,私の経験ですと,世銀もOECDも専門知識を第一に求めてきます。もっとも,現在のOECDの人事政策においては,機動性を重視し,所管業務のみならず,柔軟に様々な業務に対応できる人を好む傾向もあるので,ある程度はジェネラリストでなければならないこともありますが,それでもやはり,自分が特定分野の専門家であることをアピールすることが求められます。また,語学力との関わりでも,たとえ英語が下手だとしても,専門知識に基づいた中身のある人の発言は,周囲の人々はしっかり耳を傾けてくれるものです。ぜひ,自分が専門家であるということを強調できるようなCVを書いていくことをお薦めします。


 それから,OECDはpolicy-relevantなテーマを追求する国際機関なので,さらに自分の専門分野がOECD加盟国の関心と一致するのであれば,OECDへの採用のチャンスが広がるのではないでしょうか。そのためには,常日頃から世界経済のトレンドをよく理解することが重要ですので,研究以外でも,国内だけでなく,海外の新聞やニュースによく触れるようにすると良いと思われます。また,OECDは経済問題を中心に取り扱い,エコノミストとしての採用を求めることが多いので,大半は経済学がバックグラウンドであると有利になると思います。

質問10. パリ生活の魅力は何ですか。

 実は,私は,東京,ロンドン,ニューヨーク,ワシントン,パリと,大都市にしか住んだ経験がないのですが,東京は別として,どの都市もある程度はコスモポリタンですよね。ただ,パリに限って言えば,大都市のわりにはコンパクトに纏まっていると思います。自転車で端から端まで行けてしまうぐらいの距離ですから。ですので,週末を使って,簡単に地方に行けたりできるのは,とても魅力的ですね。それから,フランスはヨーロッパにおいて地理的にも中心に位置しているので,周辺諸国にもアクセスしやすく,旅行が手軽にできるのも気に入っています。