OECD日本政府代表部職員の声:国枝玄参事官 

令和4年2月16日

OECDと農業

OECD日本政府代表部参事官 国枝玄

 
(写真)OECD日本政府代表部参事官 国枝玄
 

1 コロナ下の代表部

 

2021年11月、OECD本部で農業委員会が開催された。本部に出向いて会議に出席するのはほぼ2年ぶり、もはや懐かしい感覚すら覚える。長い間パソコンの画面上でしか顔を見ていなかった他国代表部の同僚や事務局の分析官たちと顔を合わせ、再会とお互いの健康を祝しあう。会議開始前には鈴が鳴り、発言時には(アイコンをクリックではなく)JAPONの国名札を立てて置く、このアナログ感が心地よい。

 

思い返せば、留学以来10年ぶりのパリに農林水産省から赴任したのが、2019年6月。秋冬の会議が一巡し、各国代表部や事務局とひととおり面識もできてこれからという時期に、フランス史上最長となるゼネストに見舞われてパリは市内が麻痺、その後すかさずコロナ時代に入った。厳しい外出制限が敷かれ、カフェ・レストラン類は閉鎖、自宅からほとんど出られない生活が続いた。家族とアパルトマンに籠もりながら、会議対応が中心の代表部なのにどう仕事を進めるか、戸惑った。しかし、完全テレワークとなったはずの事務局からはドキュメントがどんどん送られてくるし、あらゆる会議はオンラインに移行して議事は予定どおり進んでいく。社会はあっという間に適応した。

 

コロナを契機として、テクノロジーを生かした効率的な「国際会議」は今後定着するであろう。しかし久しぶりに会議場に来てみれば、面と向かい合う他国の同僚らの笑顔は何よりの連帯感を生むし、会議の合間のコミュニケーションやランチを共にする中での情報交換は、得られるものが多い。このような場面こそ代表部の意義があるのだと、改めて感じた。
 

 

(写真)「2021年11月の農業委の様子。オンライン参加とのハイブリッド方式は議事進行が大変。」

2021年11月の農業委の様子。オンライン参加とのハイブリッド方式は議事進行が大変。

2 農業委議長を擁する日本

 

この日の会議は、私自身、これまでと異なる緊張感もあった。議長を擁するのは、日本なのだ。2021年から、農林水産省の先輩がアジア出身としても初めてとなる農業委の議長を担われており、パリの会議場から議事を進行する初めての場となった。OECDを含めた豊富な国際経験のもと、会の雰囲気をつくり、議事を滞りなく進めていく様はさすがであり、大変誇らしいものがある。

 

OECD農業委の長い歴史において、日本から議長が誕生したことはまさに画期的なことである。かつて我が国にとって、農業分野の議論は必ずしも心地よいものではなかった。自由貿易の推進という旗印の下で、生産者に対する補助金等が「貿易歪曲的」であるとして削減を求められたほか、WTO農業交渉においてもOECDの議論が理論的根拠として打ち込まれ、大変苦労した過去の経験がある。このため、我が国のOECDでの立ち位置は防御的であることが多かった。

 

しかし現在では、イノベーションや人材教育の促進であったり、フードシステム、災害へのレジリエンス、コメの国際市場の分析、農村開発分野との連携であったりと、議論の幅を広げており、我が国から多くのインプットをしている。これは、机上の経済理論やモデル分析に陥りがちなOECDの議論を、農業現場に活きる成果の重要性を地道に主張し、他国の理解を広げてきた我が国の諸先輩の努力の積み重ねの上にある。このような我が国の積極的な貢献が、議長の選出にもつながっているはずだ。

 

(写真)「議長席の牛草哲朗・農林水産省審議官」

議長席の牛草哲朗・農林水産省審議官

3 農業と環境

 

最近盛り上がっているのは、やはり環境関係の議論だ。農業は、気候変動とも生物多様性とも密接に関連している。これまでのロジックを転用して「貿易歪曲的補助金は環境にも悪影響」というテーゼを理論化しようという動きがあるが、このような議論を支持するのは農産物輸出国であるというのは示唆に富んでいる。

 

また、OECDは、その加盟国の大半が欧州にある偏った国際機関であることは、農業と環境を議論する際に注意が必要だ。全体としては冷涼なフランスに住んでいると、野原の草花は飛騨山脈で見た高山植物に似ている気がするし、パリ郊外の観光農園に行けば、農薬など使っていないであろうにもかかわらず虫たちを見かけない。このような国において行われる農業観からは、水田農業が中心の日本をはじめ、アジア・モンスーン地域の高温多湿な気候下で行う農業の苦労は想像つかないだろうと思う。

 

先進国であれば受け入れるべき理論政策があるとしても、こと農業また環境政策は、その気候風土との関係なしには語れない。その立場を日本が主張していくことが、アジアの国々にも受け入れられる成果づくりにつながるはずであり、OECDをその方向に導いていく我が国の責務は、農業分野においては特に大きいのだと思っている。

 

4 今後に向けて

 

2022年秋には、6年ぶりにOECD農業大臣会合が開催予定であり、目下、その準備のため各国と議論を重ねているところだ。議長を支えつつ、農業大臣会合が今後の議論を導くよう日本の代表部として立ち回るのみならず、OECDの本旨である、より良い政策が我が国の内政にこそ活用されるような成果を残していきたいと、規制も緩み春の兆しの見えて来たパリにて思う毎日である。