ロシアのウクライナ侵略:世界経済への影響
2022年3月
OECD日本政府代表部大使
岡村 善文

ロシアによるウクライナへの侵略は、ウクライナの主権及び領土一体性を侵害し、国際法に違反するものであり、決して認められるものではありません。こうした暴挙には高い代償が伴うことを示していく必要があります。3月24日にブリュッセルで行われたG7首脳会合において、岸田総理を含むG7首脳は、経済制裁を通じて、ロシアに厳しい結果をもたらすという決意を重ねて強調しました。
ロシアに対する経済制裁は、今回が初めてではありません。2014年にロシアがクリミア半島を一方的に「併合」した際にも、国際社会からの経済制裁を受けました。関連する人物・団体の資産凍結、エネルギー企業などの金融取引の停止、資源開発における企業の対ロシア技術協力の禁止、新規の武器売買の禁止などです。しかしながら、今回の経済制裁はその対象や程度がはるかに大きく、前回とは比較にならないほど大きな負の影響がロシア経済にもたらされると考えられます。
現在、貿易に関する経済制裁として、米国・EUそして我が国は足並みを揃えて、軍事転用可能な品目に加え、半導体・コンピュータ・通信機器等の汎用品等の輸出禁止措置、石油精製用の装置等の輸出等の禁止措置を実施しています。また、米国がロシア産原油・天然ガス、石炭などの輸入を禁止しているほか、EUは鉄鋼製品の輸入を禁止しています。こうした品目はロシア経済の根幹を支える品目です。さらに品目別の経済制裁に加えて、先進諸国は、国際の取引における銀行間の決済を行う「国際銀行間通信協会(SWIFT)」という枠組みから、ロシアの主要銀行を排除しました。輸出入には買い手と売り手の間での銀行を通じた決済が必須ですから、ロシアは中国以外の世界各国との輸出入が著しく制限されることになりました。また、世界的な有名企業が相次いでロシアから撤退しているので、ロシアでの生産活動が大きく損なわれつつあります。このように、今回の経済制裁はロシアの経済に大きな打撃を与えることが予想されます。
その上で、世界経済は相互依存していますから、ロシアによる侵略が、世界経済にいかなる影響を与えるかを見極め、適切に対応していく必要があります。また、ウクライナが戦場になって農業をはじめとした生産活動が滞り、多くの避難民が周辺国に流れ出しているために、これも世界経済に波及するでしょう。いったいどういう影響が今後ありうるのか。今後に備えて、よく見ていかなければなりません。
そこでOECDの出番です。OECDは3月17日、今回の事態がどのような経済・社会的影響をもたらしているか、どのような政策課題があるかをまとめて公表しました。
それによれば、今後1年間において、ロシアを除いた世界全体で0.8%程度、ロシアを含めると1.1%程度GDPを押し下げ、特にロシアへのエネルギー依存度が高いユーロ圏では1.4%程度GDPを押し下げると試算されています。ただしこのGDP低下は、エネルギー価格などの物価上昇を抑える政策が適切に行われれば、ロシアを除いた世界全体では0.4%程度(ロシアを含めると0.7%程度)に抑えられることなどが指摘されています。
対処が必要な政策課題としては、まずウクライナから国外への避難民流出がすでに300万人を越えているため、周辺国への大きな負担になることを挙げています。さらに、エネルギー価格や食料価格の高騰が低所得国や低所得者層により大きな打撃を与えうることを指摘しています。1年前に比べて欧州では石油価格は約2倍に、ガス価格に至っては10倍以上になっています。またロシアとウクライナが小麦の大生産地であることから、小麦の価格は80%を越える上昇を示しています。このほかに、肥料、食用油、希少金属など、この地域が主要生産地である物資が著しい高騰を示しており、今後世界経済に悪影響を及ぼしかねません。
ロシアのウクライナ侵略によって予想される世界経済の成長率低下は、過去のリーマンショック(2008年)による世界経済危機(OECD加盟国において3.5%)、またコロナ禍による低下(世界全体で9.4%、2020年~2021年)に比べれば小規模のようです。しかし、特定の分野や産業については大きな影響がありえます。また、ロシアからの石油・天然ガスの供給がどうなるかが不確定要素として残り、まだまだ注意が必要です。