OECD邦人職員の声:山﨑 翔 OECD環境局・ジュニア政策分析官(JPO派遣)
2023年10月
1. 担当業務
私は現在OECD 環境局にて、環境保全成果レビュー(EPR)に取り組んでいます。EPRはOECDのフラグシップレポートの一つであり、対象国の環境政策に対して360度の調査を行います。政策目標に対する達成度合いの評価、および政策提言をレポートにまとめることで、その国の環境政策作り、議論を推進することが目的です。また各国間の政策対話「ピア・ラーニング」を促進するために、成功事例や、他国との環境指標比較も記載します。
レポートの情報源は、主にOECD統計、対象国からの情報、一般公開レポートです。対象国からの情報は、質問サーベイだけでなく、実際にその国に出張(ミッション)して入手します。ミッションでは、先方環境省や関連省庁、NGO、環境専門家、ビジネスや地方自治体リーダー等、幅広くインタビューを実施し、先方環境大臣とも直接議論を行います。その後、レポート原稿を仕上げ、OECD環境局、他関連局、そして対象国のレビューを受け、作業部会による提言承認を経た後に、出版に至ります。
レポートは現在2章編成になっています。第1章は各国共通の項目、第2章はその国の優先課題に合わせテーマを決めます。私は第1章のグリーン成長政策(環境税、補助金、インフラ投資、環境正義・社会問題等)や環境ガバナンス(環境マネジメント、法規制、コンプライアンス等)、気候変動政策(中長期計画、エネルギー政策、交通政策等)の執筆を担当しています。
(EPRウェブページ:https://www.oecd.org/environment/country-reviews/)
(写真)チリEPRミッションの様子"
2.特定の業務のエピソード(イスラエルEPR)
着任してからは、イスラエル、米国、チリ、日本のEPR 業務を経験しています。なかでもイスラエルは最初に担当した、思い入れの深いEPRです。イスラエルの2023年EPRでは24個の提言がなされましたが、そのうちの一つ、再生可能エネルギーに関する提言のエピソードになります。
イスラエルは2030年までに電源構成の30%以上を再生可能エネルギーにする気候変動対策目標を立てていましたが、2021年時点で同数値は8%でした。そこで、再生可能エネルギーの促進、特に太陽光発電所の建設拡大・加速に関するOECDからイスラエル政府への提言案の議論が行われました。これは、イスラエルのエネルギー省が推進する大規模太陽光発電所の増設とも整合しています。
しかし、人口増加により急激な都市化が進むイスラエルでは、その豊かな生態系の喪失も大きな課題の一つでした。大規模太陽光発電所の増設は、そこに生息する生態系にとって貴重なオープンスペースを侵食し、生物多様性を脅かすリスクがあります。そこで、大規模太陽光発電ではなく、都市建造物の屋上や、他用地との兼用(例:貯水池や農用地との併設)での太陽光パネル設置を優先するよう提言の方向を修正しました。
気候変動政策が、他の環境価値(この場合は生物多様性)を損なう可能性がある。最善で実行可能な提言をするために、環境価値全体を俯瞰し、その間の利害相反も理解する重要性を痛感しました。そのような国の状況、文脈を理解したうえでなされた提言は、先方の環境大臣からも大変感謝いただきました。その後イスラエルでは、非居住建造物の屋上に太陽光パネル設置を義務付ける政策が検討されています。
左:イスラエル官僚研修の講師を務めた際にいただいたお守り“ハムサ”と、イスラエルEPRレポート、右:イスラエルEPRの提言が承認されたOECD作業部会の様子
3. OECDで働くことの魅力
私にとって一番の魅力は、各国との交流、そしてそれを通じて得られる仕事のインパクトです。米国EPRの提言が承認された後に開催された、各国代理との軽食会での出来事でした。とある国の代理の方から、私の担当箇所に関して、何故このような厳しい提言をしたのかと質問されました。その理由をこちらが述べると、その代理の方は「今後も、そのような相手国にとって耳の痛いかもしれない提案を続けてくれ。なぜならそのOECDの提言は、その国の環境省にとって足かせではなく、むしろ取り組むべき環境アジェンダを前進させる追い風になるからだ。それがこのプログラムの価値であり、国にとってのOECDの提言価値だ」と仰りました。今でも厳しめの提案をする際は、確証をしっかりとるだけでなく、一つ一つの文言にも細心の注意を払いますが、その時の言葉を胸に、対象国の環境政策推進のためにどのような提言がベストなのか、を常に自分に問いかけるようにしています。
二つ目にあげられるのは、自分自身の成長です。EPR業務は、集めた情報をただ組み合わせて出版するだけでは、ただのまとめ記事になってしまいます。環境の専門家、OECDのメッセージとして一歩踏み込んだ見解を自分の言葉で記し、明確に伝えることが求められます。この点は経験豊富な課長、上司、他チームメンバーから学ぶことが多いです。また国際的な職場でのやり取りは、以心伝心で動くといったことはほぼないため、分かりやすく伝える、適切な媒体、タイミングで伝える、といったコミュニケーションの学びも日々あります。
左:米国EPRミッションの様子、右:ホワイトハウス前
4. これからOECDで働きたい人へのメッセージ
OECDを含めた国際機関の職員になることはあくまで手段であり、目的ではありません。自分は何を実現したいかを具体的に考え、この分野では誰にも負けないという強み、専門性を身につけることが大切です。そしてどの部署、チームで働きたいかを調べ、そのプロジェクトレポートの要旨を読んでみる。働いている人に直接コンタクトをとったり、セミナーに参加したりしてみるのもいいでしょう。
とはいえ、外からだと見えないことも多いので、機会があればインターン等に参加して自分の目で見ることが一番良いと考えます。私も大学院時代にOECDの環境局でインターンをし、そこでの経験が非常に有意義であったため、JPO派遣制度で再度戻ってくることにしました。インターンからそのままコンサルタントになり、フルタイムの就職につながるケースもありますし、どのプロジェクト、チームに需要があるか等も中に入ってみないと分からない情報かと思います。
また別の視点になりますが、OECDで働いている間は、パリで生活することになります。パリでの暮らしは、特に文化・芸術が好きな方にとっては充実したものになるはずです。私は音楽鑑賞、ピアノ演奏が趣味ですが、著名な演奏家のコンサート、素晴らしい先生や音楽家・友人との出会い、そして自分自身の演奏会やコンクールの機会にも恵まれています。仕事以外の場を持っておくことは、人としての幅を広げるだけでなく、職場での会話、チームとの人間的な繋がりにも活きてくるので、非常に大切なことだと日々実感しています。
パリでのピアノ演奏会、コンクール、入賞式の様子