OECD邦人職員の声:貞森恵祐 国際エネルギー機関(IEA)エネルギー市場・安全保障局長

令和7年5月16日
貞森恵祐 Mr Keisuke Sadamori
1983年東京大学法学部を卒業後、通商産業省に入省。省内部局、防衛庁、経済企画庁、在米国日本大使館、内閣官房等を経て、2008年から2009年には、資源エネルギー庁大臣官房参事官(国際エネルギー交渉担当)として、IEA理事会での日本政府代表を務め、国際エネルギー問題に携わる。2009年から2010年には、経済産業省通商政策局通商交渉官として、アジア各国との貿易交渉に携わる。東日本大震災が起こった2011年には、総理秘書官となり、福島事故対応に尽力。経済産業省官房審議官(政策総合調整担当)を務めた後、2012年10月より現職。

(写真)貞森恵祐 国際エネルギー機関(IEA)エネルギー市場・安全保障局長

(写真提供:IEA)

 

現在どのようなお仕事をされていますか。

国際エネルギー機関(IEA)のエネルギー市場安全保障局は、IEAの中心的業務であるエネルギー安全保障とエネルギー市場の監視を担当しています。IEAは1973年の第一次石油ショックを契機として創設されました。石油の安定供給確保が主要な課題で、IEA加盟各国はその純輸入90日分の石油を備蓄して、エネルギー供給に支障が生じた際には協調して対応する仕組みを備えています。このシステムの管理運営を担当しています。IEAによる緊急備蓄放出は、過去5回行われましたが、その4回目と5回目は2022年のロシアによるウクライナ侵攻直後の3月と4月に決定・実施されました。また、こういった石油供給の支障に備えるために、日頃から世界の石油市場がどうなっているかについて監視や分析をしておくことが重要ですので、「オイル・マーケット・レポート」を毎月発出し国際的に情報発信しています。


石油の安定供給確保は引き続き重要な業務ですが、低炭素化への動きを含めてエネルギーの仕組みは複雑な方向へと急速に転換しており、石油だけでなくガス、石炭、電力、再生可能エネルギー、更には需要サイドの省エネルギーも含めて総合的にエネルギーの状況を把握し、安定供給確保に取り組む必要性が高まっています。特に、2022年には欧州におけるガス供給危機が発生し、LNG価格の高騰がアジアのエネルギー市場にも大きな影響を与えました。IEAにおけるガス供給セキュリティへの取り組みもこれを契機に加速し、ガスセキュリティについて議論するための作業部会も設置されたところです。これらのエネルギーに関する短期の市場予測分析や、電力システムの急速な変化と再生可能エネルギーのシェアの高まりの中で電力システムを安定的に運営するシステム設計のあり方についても取り組んでいます。また、重要鉱物の安定供給確保の問題にも取り組んでいるところです。

 

IEAでのご勤務の中で最も印象に残っている仕事は何ですか。

ある仕事だけが印象に残っているということは無いのですが、あえていえば、2014年及び2022年以降のロシア・ウクライナ問題を契機とした緊急事態への対応と2023年の日本のG7です。

 

2014年の欧州におけるガス供給危機の際には、ロシアとヨーロッパの間のパイプラインを中心としたガスや石油の供給がどうなっているのか、仮にウクライナルートが止まった場合にはどうなるのかなどについての加盟国からの問合わせに対し、分析を分かりやすくタイムリーに提供することが求められました。この事態に対応するため急遽開催されることになったG7エネルギー大臣会合への対応も、今思い返しても相当大変なものでした。

 

その後2022年に更に大きなウクライナ侵攻が発生し、IEAは再び対応に追われました。ガスのみならず、石油市場でも供給支障と価格高騰への懸念が大きく、加盟国と協議の結果、3月に63百万バレル、4月に120百万バレルと史上最大規模の石油協調放出を行うことになりました。石油の緊急時対応システムについては、加盟国と共同で平時から演習を行ってきていますが、現実に行うのは全く異なるレベルの調整が必要となります。石油市場の現状、短期的な見通し、対応方針について各国の考え方は必ずしも同じではなく、そのような状況でどのようにコンセンサスを取っていくのか、非常に難しい調整でした。本来、どの国の出身かでパフォーマンスに差が出るということはないはずですが、やはり、G7主要国である日本政府で経験を積んだ自分の立場はIEA加盟国の中での調整を行う上で重要だったと思います。

 

その翌年のG7は日本が議長国でした。2022年のG7エルマウサミットの終了後、日本に夏季休暇で帰国した機会を利用して日本政府の関連部署を回ってIEAが如何に日本G7に貢献できるかについての議論を始めました。その後2023年の年明けに当時の岸田総理によるパリ訪問の機会を捉えて、IEA事務局長との会談をセットすることができ、この会談がIEAによる日本G7への参加・貢献の方向性を決める重要な機会になったと思います。札幌でのG7気候・エネルギー・環境大臣会合と広島でのG7首脳会合にIEA事務局長が参加し、G7のみならず、世界の主要国の首脳に石油・ガス等の供給セキュリティの問題に加えて、新たな低炭素エネルギーの関連技術やそのための重要鉱物のサプライチェーンが特定国に集中しており、その多様化と強靭化が必要であることを直接訴えることができました。また、G7から多くの宿題を頂き、それに応えることで、充実した成果につながった一年になったと思います。

 

IEAの幹部として勤務される上で、難しい点や気を遣っておられる点は何ですか。

(変化に対応できる専門性)
IEAでは石油だけでなく、ガス、石炭、電力、再生可能エネルギーのすべてをフォローすることが求められます。これらの燃料種が競合しあったり関連しあったり、構造がもの凄いスピードで変化しています。太陽光発電や風力発電は、多くの国で最も安い電源として他のエネルギーと競争する存在になっています。これら変動性電源のシェアが高まれば、それに対応する柔軟性確保、電力システム全体の容量確保がより重要になります。また、これらのみならず、多様な低炭素エネルギーを如何に実現するか、特に原子力や地熱などの制御可能な低炭素電源にも取り組んで行く必要があります。それぞれの専門家である課長クラスの上に立って局長として方向性を示すことが求められる訳ですから、非常に難しいこともありますが、やり甲斐のあるポジションにいると思います。

 

(組織管理と情報発信とのバランス)
国際機関でマネジメント職に従事する人は皆同じだと思うのですが、国際会議などに出張して外で情報発信する役割と、オフィスの中で組織を管理する役割との間で、どうバランスを取るかです。組織の内部管理は大変重要ですが、出張が多くなるとより難しくなります。だからといってオフィスにこもっていては情報発信ができず、国際機関としてIEAに求められている役割が果たせなくなります。関係者と直接に意見交換して情報を得ていかないと国際的な流れから外れてしまいかねません。出張の際には、出張先の昼間には情報発信・意見交換をしつつ、時差で眠れない時間帯にメールで内部管理の作業をするという状態になります。

 

(幅広いイシューへの対応)
IEAにとっての大きな課題は、エネルギーセキュリティ、市場監視、低炭素エネルギーへの転換等に加えて、非加盟国との関係強化です。IEAの中には非加盟国との関係を担当する部署があり、自分は直接の担当ではないのですが、幹部職員として対応する機会が多くあります。特に、アジア地域出身として、中国、東南アジア、インドなどアジア地域との関係での出番が多いです。長時間飛行機に乗って出張することになり、物理的には大変なのですが、自分の普段の業務に関連する場でもあります。非加盟国との関係で議論すべき政策の論点は自分が普段所掌しているエネルギー市場及びセキュリティの分野であり、彼らのエネルギー市場の現状、政策的な対応の方向性を理解するための重要な機会です。

 

どのような経験が今の仕事に役に立っていますか。

ひとつは国際交渉の経験です。IEAに来る前は経済産業省に勤務しており、通商交渉とかエネルギー分野の国際交渉を多く担当してきました。経済産業省の本省から国際会議に参加する以外にも、在米日本大使館の経済班に出向して米政府との交渉を担当したり、防衛庁(当時)装備局に出向して日米装備技術協力の枠組合意をめぐる交渉に携わったりするなど、異なる立場から多様な国際交渉の経験を積んできたことが今の仕事の基礎になっています。

 

もうひとつは、幅広い分野を取りまとめる経験です。経済企画庁(現在の内閣府)調整局調整課の総括補佐として、政府全体の経済政策の取りまとめを担当したり、内閣官房の副長官補室(各省庁から参事官級が出向して政府内の総合調整を行う部門)で省庁の垣根を越えて政府全体の調整に携わる経験をしました。こういった経験も、今の仕事に役に立っています。

 

また、2011年の東日本大震災と福島原子力発電所事故が勃発した当時の総理秘書官としての経験も今振り返ると貴重なものだったと思います。

 

日本政府から国際機関に移籍されて、社会に対する見方は変わりましたか。

今はエネルギーに関する情報に多く接していますので、国際問題をエネルギーという視点から深く掘り下げて見るようになりました。経済産業省にいた頃は、経済や通商政策全般を広く横断的に見ていましたので、今の立場でも、深くそして広い視野で社会を見るよう気を付けています。

 

また、政府の立場を離れることによって、日本について、より客観的・批判的に見ることができる面はあります。IEAでは、国際機関として中立的・分析的な視点が求められます。

 

また、職場のスタッフが様々な文化や思想の国から集まっていることもあり、人によって考え方の違いが大きいことに気づかされます。多様な感覚や物の見方があることに気づかされて興味深いです。

 

日本のエネルギー政策をどう見ておられますか。

福島第一原発事故の影響は非常に大きく、原子力発電所の再稼働がなかなか進まない状況が続きましたが、現時点で14の原子炉が再稼働し、それにより日本の二酸化炭素排出も着実に減少してきています。ここに至るまでの関係者の努力に敬意を表するものです。IEAとしても制御可能な低炭素電源としての原子力発電の重要性を一貫して指摘してきています。2019年、2022年、2025年と3つの原子力に関するレポートを作成・公表し、ネットゼロ排出を経済効率的に達成するためには原子力が大幅に増大する必要があること、既存電子力発電所の運転期間延長が引き続き最も低コストの低炭素電源であること、原子力発電の拡大を図るためには投資のリスクを軽減するための政府による強力な措置が不可欠であること、などを訴えてきました。IEA事務局長は2018年に福島第一原発、2025年には柏崎刈羽原発を視察して、後者については可能な限り早期の再稼働を訴えました。

 

また、再生可能エネルギーの固定価格買取制度について、当初の措置が持続可能でないことをIEAとして早期に指摘し、日本政府でもその点が認識され、見直しがなされたところです。

 

日本政府は第7次エネルギー基本計画を最近取りまとめました。その過程でもIEAは関連審議会に幹部職員を派遣して、アドバイスを行ってきました。特に再生可能エネルギーについて、欧州や米国ほどには恵まれていない条件にある日本にとって、再生可能エネルギーのみならず、原子力の拡大にも取り組む必要があること、エネルギー転換の速度には大きな不確実性があり、それに備える必要があること、などを説明し、その点が基本計画にはしっかりと反映されていると感じています。

 

国際機関の幹部の仕事と、日本政府の幹部の仕事とでは、どのように異なりますか。

日本政府には、組織としてきっちり仕事をする仕組みや文化があります。仕事の進め方は、上の人が細かい指示をしなくても、ある程度の成果物が適切なタイミングで出されるのが当然で、しかも関係部署との水平的な協議を済ませてコンセンサスが取れたものが上がってきます。しかもそれが暗黙の了解のうちになされます。この点は、国際機関では全く違います。

 

上司にあたる人物が、明確な方向性を決定し、相当細かく仕事のスペックを指示しないと物事は動きません。いい加減な指示を出すと部下からは、何が必要なのか成果物の詳細のイメージなどについて質問が出てきます。その時に、自分がどのような見通しで何を必要としているかを明確に説明できないと誰も応えてくれないことになります。一方、そこで自分が戦略を明らかにできれば、場合によっては自分が要求していた以上の成果が部下から上がってきて驚くこともあります。自分自身は、日本的な気が利くタイプではないし、「あうんの呼吸」とかいう世界も得意ではない人間だと思うので、方向性を定めて率直に議論する今の環境は、分かりやすいですし、むしろ向いていると思っています。

 

もう一つの大きな違いは、官房的な側面も自ら調整する必要がある点です。日本の役所であれば、予算や人事は、官房や局内総務課といった管理業務を行う部局が本業としてやってくれますが、国際機関少なくともIEAではその機能は日本の一般的な役所のそれとは異なります。また、何よりも大変なのが人の採用です。市場や制度についての知識・専門能力を備えているかということに加えて、課長として人を使いこなして仕事の流れを主導していく能力を備えているのか、他の部局と協力できる人かということを書類、ビデオ審査と短時間の面接で見極めていくのは非常に難しいことです。

 

IEAなどの国際機関を目指す人にメッセージをお願いします。

他の国際機関も同様だと思いますが、IEAも組織の中で人材を育てていくという仕組みは基本的にありません。IEAの職員の任期は短く、原則3年、延長により5年です。その期間を越えて長期間勤務する職員は限られます。ポストに人材を採用する際には、その仕事を全うできる能力が備わっていることが前提になります。IEAの職員は、政府、学術界、産業界などから来ており、IEAでの任期が終了すると、またその立場に戻ったり、新たな仕事に移ったりしています。このように、国際的な専門人材が様々な立場を循環し、IEAの人的ネットワークが世界中に拡張していくことを非常に重視しています。同じ人がずっとIEAにいるよりも、新しい人材が異なる知見を持って集まることでIEAのパフォーマンスを高められると考えます。そして、ぜひこの循環の中に、日本のエネルギー分野を志す人に入って欲しいと思います。日本人であっても、そのポストに求められる知識を有していて、コミュニケーションの道具としての英語を使いこなせれば十分に勤務できますし、専門性の観点からもダイナミズムの観点からも素晴らしい職場だと思います。

 

私自身、若い頃に漠然と国際機関で働いてみたいとは思っていましたが、実現したのは50歳をすぎてからです。若い頃に、国際機関での経験できるに越したことはありません。思い切ってチャレンジして欲しいと思います。JPOでの派遣から正規雇用の機会につなげる若い方もおり、頼もしいと思います。また、企業からの出向もIEAでは増えていて、こうした経験を更に活かしていってほしいところです。

 

国際機関でも日本の組織でも仕事の基本は変わりません。どのような職業であっても、組織内外で関係する人と、調整を図りながら案件を実施管理していく、そういった能力やスキルを身につけた人であれば、IEAでも十分に通用すると思います。

 

日本政府には、若い人が国際機関にチャレンジするのを応援するように努めて欲しいと思います。

 

(写真)貞森恵祐 国際エネルギー機関(IEA)エネルギー市場・安全保障局長

(写真提供:IEA)