OECD邦人職員の声: 高梨久美子 OECD公共ガバナンス局ポリシ―アナリスト 

令和7年6月12日
高梨久美子 Dr Kumiko Takanashi
管理栄養士の資格を有し、保健学で博士号(東京大学)を取得した栄養の専門家。特定非営利活動法人国際生命科学研究機構、WFP、JICA、UNICEFなどを経て、2024年から正規職員としてOECDに勤務。

現在どういうお仕事をされていますか。

(写真)高梨久美子 OECD公共ガバナンス局ポリシ―アナリスト

OECD公共ガバナンス局規制政策課で食品の栄養強化に関する規制ガバナンスの向上プロジェクトを担当しています。世界では十分な食料がなく栄養不足に悩んでいるという現状があります。その対策の一つに栄養強化食品による栄養改善があるのですが、それに関する規制分野の業務を行っています。

 

食品の栄養強化とは何でしょうか。

一般的に消費されている塩や小麦粉や食用油などに、不足しているビタミンやミネラルなどを添加して、食品の栄養価を高めることです。例えば、子どもの脳の発達に影響するヨード欠乏症を防ぐために、塩にヨードを添加することを義務化する法律を持つ国は世界に100か国以上あるんですよ。胎児の神経系欠損障害等の先天性異常を予防するため、小麦粉に葉酸を添加することを法的に義務づける国も多くあります。

 

OECDで栄養を専門的に扱っているというのは意外でした。

OECDは、規制枠組みの課題を分析し、グッドプラクティスを引き出し、規制ガバナンスの強化に貢献しています。栄養強化食品に関する規制が改善されることは、やがて栄養改善につながります。
OECDは政策提言・政策対話に長所のある機関ですが、それに留まらず、対象国に裨益するような活動につながってほしいと思っています。国際的に影響力の強い機関であるという強みを生かして、OECDの提言が実際に生かされ、各国の栄養規制改善、ひいては栄養改善につながってほしいと願っています。

 

OECDの仕事で、やりがいのあった業務について教えてください。

今、22か国を対象に栄養強化食品の規制に関する調査を手がけています。規制枠組みは国によって全然違うのですが、その違いを知って理解するというプロセスが興味深いと思っています。私は栄養の専門家ですが、同じチームの同僚は法律や規制等、それぞれが違う分野で高い専門性を持つ専門家で、またそれぞれの経験・バックグラウンド・国籍も様々です。同僚たちと議論していると、栄養専門家同士の議論では話題にのぼらないような新しい視点が出てきて学ぶことが多いというのが、OECDでの業務のやりがいを感じる点です。また、自分がこれまで得てきた知見やフィールドワークなどの経験を活かして、チームに貢献できていると実感できることもやりがいを感じる点です。

 

OECDに入ったきっかけを教えてください。

私は空席公募に応募して入りました。応募時は、ルワンダでJICAの栄養政策アドバイザーをしていて、任期終了まで半年ほどだったので、次の仕事を探していました。たまたまOECDの採用ページを見たら、偶然にも自分の専門性と合致したポストを発見し、応募したところ、結果として採用されました。

 

栄養の専門性を深めるターニングポイントはありますか。

私は、大学で栄養を勉強し、管理栄養士の資格も取得しましたが、栄養の専門性を海外で生かせる仕事がしたいと思い始めたのは修士課程の頃です。
修士課程が終わって就職したのが栄養分野の研究・調査を行う国際NGOの日本支部で、そこでベトナムの栄養改善に関する業務に携わったというのが、海外での栄養改善に関わる最初の大きなきっかけだったと思います。そこでの仕事経験を通じて、自分の技術や専門性を高めたいという思いが、博士号(保健学)の取得へと繋がりました。博士号は働きながら論文を書いて取得したので7年ほどかかりましたが、その過程で文献調査や研究手法、分析等のトレーニングを積んだことは、その後のキャリアにおいて大きなプラスとなったと考えています。仕事の延長線ではありつつ、アカデミックな部分を突き詰めるということができたのは良かったです。
2回目のターニングポイントは、子どもが8歳のときに、UNICEFマダガスカル事務所の栄養専門官として単身赴任したことです。家族とは離ればなれになってしまいましたが、UNICEFでの経験は大きかったと思っています。このUNICEFでのポストが獲得できたのは、その前にWFPカンボジア事務所で栄養分野の短期コンサルタントをした業務経験があったためだと思っており、今振り返ってみると、こういった少しずつの経験の積み重ねで、結果として専門性が深まっていったのだと考えています。

 

これから手がけたい仕事はありますか。

(写真)高梨久美子 OECD公共ガバナンス局ポリシ―アナリスト

私は栄養分野でこれまで働いてきましたが、OECDでの勤務を通じて栄養関連の規制にフォーカスするようになったことで、規制影響評価に興味を持つようになりました。途上国ではまだ規制影響評価はほとんど行われていませんが、食品への栄養強化を義務化することによるコスト(政府、企業、消費者に関わるコスト等)とベネフィット(医療費削減等)を多角的に分析することは、効果的で持続可能な政策を選択するための重要なプロセスです。こういった評価は、規制当局の政策オプションの選択に役立つと考えるので、業務の一環としてやっていきたいと思っています。

学生や若手へのアドバイスをいただけますか。

まず、専門性を深めることが重要です。また、OECDだと面接でフランス語をチェックされることもあり、英語やフランス語の言語能力は重要だと思います。OECDは政策提言が中心ですが、フィールドワークなどの現地経験を積むことも有用だと思います。フィールドでの実践とOECDでの議論にはギャップがあるという現実はありますが、フィールドを知っていることは良いことだと思います。併せて、国際機関で働いた経験も重要かなと思います。

家庭との両立についてもアドバイスいただけますか。

妊娠や出産があったとしても、自分の専門分野になるだけ繋がるようにする努力を細々とでも続けることが重要だと思います。また、主人や双方の両親に頼ったり、家事代行サービスを利用したりといったことを含めた周囲のヘルプも必要です。私は、子どもが8歳の時から4年間、子どもを置いて単身赴任していましたが、子どもの教育をどうするか等、自分のキャリアとの間で悩むこともありました。何事も完璧は難しいですし、計画通りに行かないことも多いので、柔軟に考えていくことも大切だと思います。
 子どもが小さいときには、フランスに住みながら、JICAがガーナで行うプロジェクトに出張ベースで参画するという働き方で仕事をしていたこともあります。契約形態は多様化しており、色々な働き方が可能にはなっていますが、出張で不在にする時には、誰か他の家族が子どもの面倒を見る等、環境的なサポートはやはり必要です。
 今は子どもは14歳になりましたが、家族が皆パリにいて、職場もパリと環境には恵まれています。

これまでの開発キャリアを振り返って、どう思っていますか。

開発の仕事は短期の仕事が多いですが、自分の場合は運良くポストが見つかってきました。その時々の仕事に一生懸命取り組み、それが評価されて次の仕事に繋がるものだと思っています。複数のポストに同時に応募することも多く、他方で結果が出るのに半年、1年かかることもあり、合格したポストもある中で、まだ結果が出ないポストをどれだけ待ち続けるべきかと迷ったこともあります。
今回のOECDでのポストは応募から採用まで1年半くらいかかりましたが、その間、運良く以前働いていたUNICEFマダガスカル事務所のコンサルタント(5か月)の仕事ができることになり、「緊急栄養+ジェンダー」という興味深い切り口の業務に携わることができました。そういった運にも恵まれてきたと思います。

 
(写真)高梨久美子 OECD公共ガバナンス局ポリシ―アナリスト

インタビュ-実施 : 2025年5月

インタビュ-実施 : OECD日本政府代表部

写真撮影 : OECD日本政府代表部