OECD邦人職員の声:加藤貴義 OECD環境局エコノミスト
エコノミスト 環境局(Finance, Investment and Global Relations Division) 四日市大学、京都大学大学院、London School of Economics and Political Science(環境経済学修士課程)を経て、国内シンクタンク勤務後、2013年よりOECD(環境局、開発協力局)に勤務。
(写真提供 : OECD)
現在はどのようなお仕事をされていますか。
OECD環境局で、気候変動や、もう少し広く持続可能な資源管理をいかに実現するかというテーマについて、特に新興国を対象とした政策分析と提言に携わっています。現在私が所属しているチームは、中央アジア、東欧、コーカサス諸国の環境政策に特化しており、OECDの研究枠組みや手法を活用しつつ、対象地域が限定される分、分析や政策提言はより深く、具体的であることが求められます。
個人的には、政策分析業務に加え、こうした国々の政府職員や現地研究機関、他の国際機関の専門家と連携を深め、共に政策課題に取り組んでいく仕事に大きなやりがいを感じています。
OECDでの仕事で、特に印象に残っている業務や出来事はありますか。
たくさんありますが、一つ挙げるとすれば、2018年ごろにコーカサス地域のジョージアの中央銀行と行った仕事です。このプロジェクトは、それ以前に担当したジョージアの気候変動資金に関する政策レビューがきっかけでした。この業務を通じてジョージア中央銀行の職員と親しくなり、結果として同国のESG情報開示指針の策定を支援することになりました。中央銀行のチームと膝を突き合わせて議論し、ジョージア国内の金融機関とも対話を重ねながら政策をデザインしていくプロセスは非常にやりがいがありました。また、OECDの知見や枠組みを共有したことも先方から大変感謝されました。ESG情報開示指針はその後2019年に中央銀行の政策文書として採択され、現在も活用されています。実際の政策に影響を与えられたという意味でも大きな手応えを感じた仕事でした。
また頻繁ではありませんが、時々大学で講義を頼まれることもあります(京都大学、横浜国立大学、静岡大学、南山大学、慶應大学、ドイツ‐カザフスタン大学、ウズベキスタンの外交官養成大学など)。直接自身のキャリアに直結するわけではありませんが、若い学生と意見交換をすることは、普段とは違う刺激になり、私自身にとっても学びが大きかったです。
OECDに入ったきっかけを教えてください。
2013年に、OECDのYoung Professionals Programme(YPP)という制度を通じて入構しました。現在は廃止されたと聞いていますが、当時は2年に一度実施され、10~15程度のポストに世界中から比較的若い人材が応募し、試験を受ける制度でした。当時、環境局で気候変動国際交渉の政策的側面を研究する職種の募集があり、応募したところ幸運にも採用されました。前職では日本の民間シンクタンクで気候変動交渉関連業務に携わっていたため、その経験が評価されたのではないかと考えています。
国際機関への就職は狭き門と言われますが、多くのポストに応募されたのですか。
OECDを含め、2つの採用プロセスが同時進行していました。OECDへの応募は、30歳ごろにLondon School of Economicsで修士課程に在籍していた際に、たまたま採用情報を目にして挑戦してみたものです。国際機関に強いこだわりがあったわけではありませんが、たまたま自分の専門性に合致するポストが公募されており、「ダメ元」で応募しました。もう一つは世界銀行のミッドキャリアプログラムだったと記憶していますが、経験や専門性が足りなかったのか途中で不採用となりました。
専門性を深める上でターニングポイントとなった経験はありますか。
OECDに転職した少し後、集中的に環境金融と気候変動適応(climate change adaptation)の分野の業務を担当しました。2019年から2021年までは開発協力局(Development Cooperation Directorate)に所属し、当該分野に関するOECDガイダンスを環境局と共同で策定するプロジェクトに、開発協力局側の主担当として関わりました。この経験を通じて、気候変動の影響(洪水、水不足、熱波など)に対する脆弱性が特に高い途上国で、どのように温暖化に適応し、またそうした施策やプロジェクトに資金を動員していくかについての知見を深めることができました。
2022年に環境局に戻ってからは、その経験を生かしつつ、水資源管理への気候変動影響が特に大きい中央アジア地域で、経済的・政治的に各国が協力し、対策と投資促進を進めるための政策オプションを検討しています。
私自身、10代後半から一貫して環境問題と途上国開発に関心を持ってきましたので、今こうしてプログラムの主担当としてOECDで働けていること自体に、大きな感謝を感じています。
OECDで働く魅力は何ですか。
いろいろありますが、一つ挙げるとすれば「人」だと思います。OECDの上司や同僚と分析手法や事例、各国政府や関係機関との連携方法について議論するのは、いつも充実した時間だと感じています。
私が担当している中央アジアのプログラムは少し変わっていて、OECDに加え、欧州復興開発銀行(EBRD)、国連機関、地域研究機関など計5つの組織でコンソーシアムを組み、様々なプロジェクトを実施しています。OECDがコンソーシアムリードのため、必然的に私が各機関との調整役を務めています。それぞれ異なる専門性(EBRDは現地での融資、国連機関は政治的プラットフォーム運営、地域機関は中央アジア地域の深い知識やコネクション)を持ち寄り、共にプログラムを運営しています。議論が白熱することも多いですが、OECD内外ともにメンバーは優秀かつ温かい人ばかりで、日々学び、助けられています。2028年まで続くプログラムですが、中央アジアで気候変動の影響を強く受ける人々や産業に少しでも貢献できる成果を残せるよう努めたいと思います。
(EBRD、FAO、OECDの同僚と、パリでのブレインストーミングセッションにて。写真提供:OECD)
今後挑戦していきたいことはありますか。
冒頭で触れたジョージアのESG情報開示業務には後日談があります。今年(2025年)のはじめ、再び中央銀行職員と議論する機会があり、それをきっかけに、気候変動だけでなく自然関連財務リスク(Nature-related financial risk)がジョージアのマクロ経済や資本市場に与える影響を共同分析するプロジェクトが始まりました。本稿執筆時点ではまだプロジェクト実施の詳細を検討している段階ですが、この分野は世界的にも注目が高まっています。OECDには既に「OECD Framework for Assessing Nature-related Financial Risks」が存在するため、OECD加盟国とジョージア中央銀行双方にとって有意義な分析が行えるよう、アプローチを検討しています。
前述の中央アジアのプログラムと並行するため負荷は高いですが、以前ESG分野で協働したメンバーと新たなテーマで仕事ができることにワクワクしています。
(ESG関連のカンファレンスにて。写真提供:OECD)
学生や若手へのアドバイスをお願いします。
他のOECD職員も指摘しているように、やはり専門性を磨くことが大切だと思います。生成AIの登場により、OECDのような機関での仕事のあり方もかなり急速に変化しているように感じており、新しい形の専門性も次々と生まれてきているように思います。
また、OECDは大学や純粋な研究機関ではありません。そのため、加盟国や関係機関との調整を円滑に進めるコミュニケーション能力や、OECD内部で自分の成果を適切に認識・評価してもらう力も求められます。
若いうちにインターンやコンサルタントとしてOECDで働くのも素晴らしい経験ですが、最初の数年間は事業会社や官公庁、金融機関、コンサルティング会社、非営利組織などで、OECDでは得られにくい専門性や経験を積んでから、それを武器にOECDに挑戦するのも決して遠回りではないと考えます。
家庭と仕事の両立についても教えてください。
OECDは子育てや家族の看護に理解があり、支援制度も整っていると思います。私自身は、上司の理解もあり、これまで家族の大事なイベントに仕事で参加できなかったことはありません。出張や飲み会がなければ、基本的に夕食は家族4人でとり、バカンスも皆でゆっくり過ごせています。
フランスは比較的子育てがしやすい国だと感じます。スポーツや芸術などの習い事も比較的安価にできますし、パリは公立・私立・インターナショナルスクールを含め学校の選択肢が非常に多いと思います。
我が家の子どもたちは、日本語の学習は続けつつも、パリでも古く伝統的な現地の中学校に進学しました。パリは物価が高く、混雑した、ある意味では住みにくい都市ではありますが、文化的・哲学的に学べるものが多いのではないかと思います。子どもたちには、できる限りフランスと日本の両方の良い面を吸収し、将来「自分には母国が二つある」と思えるように育ってくれればと願っています。
と、ここまで家庭生活について書き連ねてきましたが、子育ての陣頭指揮をとってくれているのは妻であり、慣れない異国で10年以上、大変なこともありながら頑張ってくれている彼女に、心からお礼を言いたいです。