OECDは鯛焼屋

令和3年3月16日

2021年3月
OECD日本政府代表部大使
岡村 善文

(写真)

友人が結婚式をあげることになった、さて祝電を打たなければならない。どうしますか。よほど文才に自信のある人ならさらさら書き始めるのでしょうが、たいがいの人はインターネットで例文を探します。そこに自分の色を付けて出来上がり。便利なもので、最近は就職や開店などのお祝い、贈答のお礼、新規採用への応募から果ては恋文まで、例文が簡単に手に入ります。それでほんとうに想いが伝わるかは別ですけどね。

 

このようにどこかに定型文があると作業が助かります。OECDが提供している「道具」の一つに「モデル条約(Model Convention)」があり、これはいわば条約の定型文です。各国の間で新たに二国間条約を結ぶにあたって、OECDが見本というか、ひな形の条約のかたちにして用意しています。各国はこのモデル条約を土台にして交渉を行い、それぞれの事情に応じて加筆したり修正したりして、条約案文を作り上げることができます。

 

この方式が広く活用されているのが、国際課税の分野です。国境を越えて経済活動が行われたり、財産の移転が行われたりする場合に、各国はそれぞれ、これらの経済活動から生じた利益に税金を掛けます。その際に、各国の税制だけでは解決できない事態が生じます。たとえば、ある企業が二国間で行った一つの取引から生じた利益にそれぞれの国が税金を課す場合には、納税者との関係を含め、両国の課税権を調整しなければなりません。また、意図的に課税を逃れるような取引には、これを防ぐための仕組みが必要です。多国籍企業の国際的なビジネスはもちろん、個人の国境を越えた交流も増えています。各国それぞれがしっかりと課税できる公平な仕組みを構築する一方で、税制がこうした経済活動や交流を妨げることのないようにすることが、ともに大切です。これらの問題を、各国が相手国との間で個別に租税条約を結んで解決します。

 

そうした各国の租税条約締結のために、OECDが「モデル租税条約」として定型を定めています。モデル租税条約では、条文やその背後にある考え方についても、詳しい注釈集(Commentary)がまとめられています。OECDのモデル条約を使えば、二国間交渉が円滑に進むだけでなく、締結後に条約を運用するにあたっての混乱も避けることができます。このモデル租税条約には長い歴史があります。1963年に草案が作成されたあと、1977年に「OECDモデル租税条約(Model Tax Convention on Income and on Capital)」として承認され、公表されました。租税委員会別ウィンドウで開くでは、それ以降も随時、条文や注釈集の見直しが行われています。経済活動が多様に複雑になるに従って、課税の方法もどんどん見直していかなければならないからです。

 

OECDでは、多国籍企業が所得を人為的に操作して課税逃れを行う問題に対処するために、2012年に「税源浸食と利益移転(BEPS:Base Erosion and Profit Shifting)」プロジェクトを始めました。多国籍企業の中には、関連企業間の取引を通じて収益を税金の軽い国に移転するなどして、課税を逃れようとする企業があります。そんな算段を許してはいけない。こうした課題を含めて、15項目の「BEPS行動計画」に沿って精力的な議論が続けられ、2015年に最終報告書がまとまりました。報告の中には、モデル租税条約の修正に関する報告も盛り込まれており、最新のモデル租税条約である2017年版に反映されています。このようにモデル租税条約は時代の趨勢に応じて改訂されていきます 。

 

最近では、インターネットをはじめとしたデジタル技術を用いてビジネスを展開する企業に対して、どう課税するのかについても、このBEPSの枠組みで議論されてきています。たとえば多国籍企業が、ある国の消費者からインターネットを通じて利益を上げているにもかかわらず、その国に支店や工場を置いていないので、従来のルールでは十分な課税ができない、といった問題です。このように、国際課税を巡る論点は、大きな時代の動きに合わせて常に変化します。

 

租税条約に話を戻せば、たとえばわが国は、75か国・地域の間で66の租税条約を締結しています(2021年3月1日現在)。わが国のように他の各国も、このモデル条約を参考にしながら、多数の相手国と租税条約を二国間で結んでいるわけです。各国にとってOECDのモデル条約は、いわば鯛焼き器のように、ぽんぽんと租税条約を製造する型枠になっています。鯛焼きは、形だけが同じで、でも中身はこし餡でも粒餡でも白餡でも、好みに応じて違って良いのです。最近の鯛焼きには、カスタードクリームやチョコレートが入っているのもあるそうですね。それでも美味しければ立派な鯛焼きだ。各国の租税条約も、条文の構成という条約の「形」は基本的に同じですが、「中身」にあたる1つ1つの規定の内容は少しずつ異なっています。それでもモデル租税条約の型枠にさえ合っていれば、姿良く焼きあがって機能するわけです。