日本の手柄:国際課税

令和3年11月4日

2021年11月
OECD日本政府代表部大使
岡村 善文

(写真)

OECDが久々に大きな成果を上げた、と話題になっています。去る10月8日、OECDの会合で、多国籍企業に対する課税上の対応についての歴史的な合意が実現した、これはおよそ100年ぶりの国際課税原則の見直し、ということです。

 

課題は多国籍企業への課税です。多国籍企業は複数の国にまたがって活動するので、企業の中には利益を法人税の少ない国に帳簿上で移して、税を回避するものが出てきていました。もう一つ、グーグルやアップル、フェイスブック、アマゾンの頭文字を取った「GAFA」と呼ばれる巨大IT企業群に代表されるように、インターネット上の取引で莫大な利益を上げる企業が出てきているのに、その企業がその国の中に支店や営業所を持たないために課税できない、ということが問題になっていました。

 

今回合意された課税方式では、これらの課題を次の2本の柱により解決します。まず巨大IT企業を含む大規模・高利益率の多国籍企業については、利益が売上高の10%を超える場合に、10%を上回る利益のうち25%を各国別の売上高などに応じて各市場国に分配することにしました(第1の柱)。次に法人がどこで活動しても最低15%の税負担をさせる、と決めました。つまり、15%より少ない法人税率しか課税しない国があれば、残りの課税分は別の国、例えばその企業が本拠地を置く国が15%まで課税できることにしました(第2の柱)。ある国が企業誘致のために法人税率を低くしても、企業にとっては他の国から残りの分法人税を取られるわけですから、税率の低い国にある拠点に利益移転する旨味はなくなります。

 

この国際課税原則の見直しを、136の国と地域で合意したというのは画期的です。第1の柱に関しては、これまでの国際課税は、1928年の国際連盟モデル条約案で決められた原則、つまり企業への課税は、その国に置かれた支店や工場などの「恒久的施設」への課税だ、という考え方によっていました。それが「恒久的施設」がなくても課税するという原則を打ち立てたわけですから、約100年ぶりの改革ということのようです。また、第2の柱については、各国共通の最低税率の導入により、法人税の引下げ競争に歯止めをかけるとともに、企業間の公平な競争条件を確保しようとするものです。長年続いた法人税の引下げにより、各国の法人税収基盤の弱体化や公平な競争条件が阻害されているとの指摘がある中、国際的な合意のもとで各国が第2の柱を実施することの意義は大きいと考えられます。

 

この大改革の発端を日本が作り、地道に議論を主導してきたということは、もっと宣伝しても良いかもしれません。2012年に、OECDの租税委員会別ウィンドウで開くが「税源浸食と利益移転(BEPS:Base Erosion and Profit Shifting)プロジェクト」を立ち上げました。この議論の大枠を纏めたのが、当時の委員会の議長、財務省の浅川雅嗣財務官(当時。現アジア開発銀行総裁)でした。そしてその後、2016年に日本がG7議長国になった機会に、国際課税を重要議題の一つに掲げて協議。引き続き京都において、BEPSプロジェクトでの合意事項を実施に移すための「BEPS包摂的枠組み」を立ち上げ、合意事項への参加国を大幅に拡大しました。2019年にもG20議長国として各国との調整を進めました。G20財務大臣・中央銀行総裁会議において、議長の麻生財務大臣(当時)が、「経済の電子化に伴う課税上の課題に対する解決策」の策定に向けた作業計画への合意を取り纏めました。これらが今日のOECDでの成果に繋がったのです。

 

今まで法人税率を低くして企業を誘致してきたアイルランドやハンガリーなどの国々、また莫大な利益を上げる巨大IT企業を国内に抱える米国や中国も、この見直しに合意できたというのは驚くべきことです。その調整の裏側で日本が大きな役割を果たしてきた。こういう日本のお手柄は、報道にも殆ど取り上げるところがないのが残念です。日本人は謙虚で自己主張を控えますからね、なかなか世間に知られない。それをしっかり世界に周知するのも、大使としての私の役割です。